
「量子技術を社会の“当たり前”のインフラへ —— 研究室からビジネス現場へ、実用化に向けた技術者たちの挑戦」
武笠 陽介(むかさ・ようすけ)COO / ソリューション事業本部長
早稲田大学 戸川望研究室出身(2022年卒)。DeNAにて新規事業開発やヘルスケア事業のソフトウェアエンジニアとして経験を積んだ後、2022年10月の創業時より参画。IPA(情報処理推進機構)「未踏ターゲット2020」採択。現在は技術とビジネスの強靭な架け橋となり、会社最大の基幹部署「ソリューション事業本部」を統括する。
寺田 晃太朗(てらだ・こうたろう)CTO / R&D本部長
早稲田大学 戸川望研究室出身(2018年博士課程修了)。Yahoo! JAPANにて大規模データ処理・分析システムの開発および運用に従事。IPA「未踏ターゲット2020」にて武笠氏と同期として出会う。2023年1月に創業初期の中核エンジニアとして参画し2026年7月にCTO兼R&D本部長に就任。最先端アルゴリズムの実用化研究と未来の技術基盤開発を牽引する。
田中 大輔(たなか・だいすけ)代表取締役CEO
エンタープライズIT、コンサルティング、自動運転分野において先端技術の社会実装を一貫して推進。日本IBMでのトヨタ・グローバルサプライチェーン構築、マッキンゼー・アンド・カンパニーでの大規模変革支援、株式会社ティアフォー取締役COO(Autoware Foundation設立)などを経て、2026年4月に株式会社Quanmatic代表取締役CEOに就任。Quanmaticの経営戦略と市場創造を指揮する。
先端技術の研究開発において、大学・研究機関で生まれた画期的な理論やアルゴリズムをいかにして「社会の実用的な価値」へと昇華させるか——これは、日本のディープテックエコシステムが長年抱え続けてきた構造的課題である。
早稲田大学の研究室から生まれた「株式会社Quanmatic(クオンマティク)」は、難解と捉えられがちな量子コンピューティング技術を産業界の現実的な課題解決ツールとして社会に解き放とうとしているディープテック・スタートアップだ。かつて日本で発祥しながらも海外企業に商用化の主導権を奪われた「量子アニーリング」の歴史に対する強い悔しさを糧に、彼らは「技術そのものの凄さ」をアピールするのではなく、「現場で真に役立つインフラ」として量子技術を世界へ普及させる挑戦を続けている。本記事では、創業者精神を抱くエンジニア陣と先端技術の社会実装を知り尽くした経営層が織りなす同社の挑戦の軌跡と、彼らが描く未来の社会像について熱く語り合っていただいた。
理論研究の域にとどまりがちなディープテックを、社会を変革する事業として成立させるには、卓越した技術力だけでなく「社会構造への課題意識」と「ビジネス視点」の融合が不可欠である。日本発の基礎研究成果が国際競争の中で埋もれていく現状をいかに打破し、顧客目線のプロダクトへと昇華させるのか。両氏の出会いと創業の軌跡と志高い原点とは。
武笠さん: 私と寺田さんは、時期はずれていたものの同じ早稲田大学の研究室出身でして、実際に出会ったのは僕が2018年に学部卒業したあと、IPA(情報処理推進機構)が主催する「未踏ターゲット2020」というプログラムでした。コロナ禍1年目だったので完全オンライン開催だったのですが、量子ソフトウェア開発をテーマとした同期としてオンラインで出会ったのが最初でした。
寺田さん: 当時、私は大学院の博士課程にいて、まさに量子最適化アルゴリズムの研究をしていました。
武笠さん: それから2022年頃に、早稲田大学にベンチャーキャピタルが設立され、大学の先端技術を社会実装していく起業エコシステムが本格化しました。指導教員の戸川先生も「研究室の中に素晴らしい技術を閉じ込めておくのはもったいない。世の中で使われてこそ価値がある」という強い想いをお持ちで、企業との連携や特許活用に前向きな方だったんです。そして僕個人の原動力として大きかったのが、「日本発の優れた技術が海外に主導権を奪われてしまう悔しさ」でした。例えば、量子コンピューティングの重要分野である「量子アニーリング」は、1990年代に日本の研究者によって提唱された完全な日本発の理論です。しかし、それを実際の商用ハードウェアとして世界で初めて形にしたのはカナダの会社でした。AIなども含め、日本には優秀な研究者や技術があるのに、見せ方やアプリケーションの企画、社会実装のスピード感で海外に持っていかれてしまう歯がゆさをずっと感じていました。「使い手(顧客)の視点に立って分かりやすく社会に届ける役割が必要だ」という確信があった中で、戸川先生の想いやVCからの後押し、僕自身のタイミングが重なりQuanmatic創業に参画しました。
寺田さん: 私は前職のYahoo! JAPANにて、数千万人規模のユーザーが利用するWebサービスやアプリの裏側で動く、膨大なビッグデータを処理・分析する専用システムの開発や運用を担当していました。非常にやりがいのある仕事でしたが、学生時代からの夢である「量子コンピューティングを社会で使えるようにする」という情熱を捨てきれずにいたんです。当時、社内でも有志を集めて会社の公式テックブログで量子技術の解説記事を書くなど社内への普及活動を行っていました。そうした草の根の活動を続ける中で、「自分がこれから真に活躍し、社会に貢献できるのは量子コンピューティングの領域だ」という確信が深まり、専業として挑むべく2023年1月に武笠さんに続き創業初期の中核エンジニアとしてQuanmaticへの参画を決断しました。参画直後は武笠さんとほぼ2人で、ローム株式会社の半導体工場における生産スケジューリング最適化というプロジェクトに取り組みました。実際にフィリピンにある海外工場へ1週間張り付き、現地の複雑な要件や課題を汲み取りながらアルゴリズムとシステムを構築していきました。現場で価値を出す厳しさと面白さを体感した、原点となるスタートでしたね。

先進的なディープテック領域において、最新の理論や「量子を使うこと」自体を目的化するアプローチは顧客に真の価値をもたらさない。Quanmaticがとる、技術を前面に出さず現場の課題解決に徹する、という彼らの思想を探る。
武笠さん: 顧客への伝え方や技術の提案方法で意識していることは「量子技術を使うこと」を目的にしない、という点に尽きます。高度でアカデミックな理論をそのままお顧客に押し付けるのではなく、「ビジネスにおいて何ができるのか」「どんな具体的メリット(コスト削減や効率化など)があるのか」を分かりやすく正しく伝えることが最も重要です。
寺田さん: そのために、社内では「ソリューション」と「R&D」という2つの車輪を同時に回しています。武笠さんが率いるソリューション事業本部では、今すぐに現場で明確なROI(投資収益率)を出すため、既存の優れた「古典的数理最適化手法」と「量子技術」を柔軟に融合させたアプローチをとっています。一方、私を含めた3名のR&D本部では、ゲート型量子アルゴリズムの研究、量子と古典の計算を最適に組み合わせる「量子古典オーケストレーション」、そして既存アルゴリズムの高度化を大きな柱として、大学との共同研究なども通じながら、将来の量子時代を支える技術基盤を築いています。
日本における大学発スタートアップは、欧米と比較してアカデミアと産業界の距離、VC(ベンチャーキャピタル)からの出資規模や経営支援体制、大企業側の受け入れノウハウなど、多くの構造的課題に直面している。こうした中でグローバル市場を見据えて勝利を収めるためには、限られた既存市場を取り合うのではなく、自ら国や産業界へ能動的に働きかけ「市場のパイそのものを創出し、拡大しながらリードする」というボトムアップ型の攻めの経営戦略が不可欠である。
田中さん: 2026年4月に代表取締役CEOへ就任する前は、自動運転など先端技術の社会実装を指揮してきました。自動運転分野などと比較すると、量子技術の産業化は5年から10年ほど遅れて立ち上がってきている領域だと捉えています。しかし、根底にある日本の構造的課題は同じです。アメリカ等と比較してアカデミアと産業界の距離が遠く、スタートアップを支える投資の規模やハンズオンで経営や採用を支える仕組み、大企業側の共創ノウハウがまだ不足しています。一方で、量子技術に対する日本政府や産業界からの追い風と期待は、過去のどのディープテック分野と比較しても強力です。「日本発の技術で世界と戦わなければならない」という強い危機感と期待が国全体に満ちていると思います。
研究室から飛び出し、産業界と国を巻き込んで市場そのものを創造する活動と、そのパイの中で最も価値あるシェアを最速で手に入れる活動を同時に推進することこそが経営者としての私の役割です。既存の小さいパイを他社と争うのではなく、市場のパイそのものを自ら作り出し拡大させるため、国の支援をただ待つ姿勢ではなく「こういう制度や予算枠を作ってください」「大企業とのマッチングや実証実験の機会をこのように設計してください」と、具体的な政策や環境整備を我々スタートアップ側から提言しています。
市場そのものを創出するという壮大な経営戦略を実現するためには、それを足元から支える高度な組織カルチャーと、多様な知が集う良質な拠点が不可欠となります。
武笠さん: 量子を活用した最適化において最終的に僕たちが目指しているのは、ユーザーが「裏側で量子技術が動いている」ということすら意識しない世界です。
田中さん: 例えば自動車のドライバーが、自動ブレーキや車線維持機能を「誰が作ったどのアルゴリズムか」なんて意識せずとも、安全という恩恵を享受しているように、基幹システムやツールの裏側で、気付かないうちにQuanmaticの最適化エンジンが動いていて、社会全体の無駄を削ぎ落としている。そういった当たり前の社会インフラになることこそが、僕たちの考える社会実装の姿です。
あなたにとってInspired.Labとは?
武笠さん: Inspired.Labに入居して約2ヶ月が経ちましたが、社内の空気感や働く環境は劇的に変わりましたね! 空間自体が非常に開放的で「オフィスに行きたい」と自然と思えるような刺激と心地よさがあります。仕事へのインスピレーションや刺激が得られる場所であり、同時にメンバーとフランクに過ごせる居心地の良い場所です。
田中さん: フォーマルな議論だけでなく、多様なバックグラウンドを持つ人たちが思い思いの場所で作業したり雑談したりできるオープンな空間があるので、当社メンバーが自分なりの居心地の良い場所を見つけられていると思います。
寺田さん: 私はカフェエリア(SR)で一息つく時間がすごく好きです。集中して実験や計算を行ったあと、SRで美味しいコーヒーを飲んでリフレッシュし、また作業に戻るというオンオフのメリハリが作れています。また、館内のサークル活動(ワイン部やランニング部、日本酒部など)を通じて他社のメンバーと気軽に繋がれるのも、この施設ならではの魅力だと実感しています。



