“配線ゼロ”の未来へ──ワイヤレス給電のインフラ化に挑む


「ワイヤレス給電で配線のないデジタル世界を実現する」。エイターリンク株式会社(以下エイターリンク)は、設立5期目のスタートアップ企業だ。もともとスタンフォード大学発の研究を起点に、心臓ペースメーカーをはじめとする医療機器向けの技術開発に取り組んできた。人体内部の医療機器に対して、安全かつ安定した電力供給を実現する技術を開発し、その研究を基盤に、世界で初めて長距離ワイヤレス給電の市場導入を達成。現在では、ワイヤレス給電分野のグローバルリーディングカンパニーとして広く認知されている。さらに、この技術を応用し、現在は工場向けのファクトリー・オートメーション(FA)事業とビルマネジメント事業の2つを主要領域として展開。今回は、ビルマネジメント事業の統括を担当する田中卓巳さんに話を伺った。

「当社のワイヤレス給電の技術は、マイクロ波を利用した無線給電技術です。FA事業では、工場の生産ラインに設置されるセンサー類の無線化を進め、電源供給の自由度を高めることを目的としています。世界的な大手企業であるSMCとパートナーシップを結び、エイターリンクのワイヤレス給電モジュールをSMCのカタログ商品として提供することで、導入のハードルを下げ、業界標準としての普及を目指しています。そして、僕が統括するビル事業は、ワイヤレス給電を活用したハードウェアやソフトウェアの開発、施工管理を手がけています。データセンター、病院、工場、図書館、学校など、さまざまな建物への適用を目指し、ワイヤレス給電を建物のインフラとして普及させることが目標です。」

大学では機械工学を専攻し、振動工学の研究に取り組んだ田中さん。卒業後、新卒で株式会社村田製作所(以下村田製作所)に入社し、エンジニアとしてキャリアをスタートさせた。Apple向け事業部に配属され、NFC、ミリ波、Wi-Fiなどの無線通信技術や高速伝送技術に関わる業務を担当。超広帯域無線(UWB)の市場導入にも携わり、400億円規模の売上に貢献した。その後、シリコンバレーへ赴任し、約5年半を過ごす。この期間、多くの起業家や最先端技術に触れたことで、田中さんの価値観は大きく変化していった。

「自分が関わっている技術が、実際にどのように使われて、お客さんがどんな反応をして、世の中にどんな価値を生んでいるのか。そういう部分が全然見えなかったんですね。技術者としてやりがいはあったけれど、自分は本当に世の中を変える仕事をしているのかと。そこで、開発そのものではなく、技術を活用した提案をお客さんに行う商品技術領域に進もうと思いました。シリコンバレーでは、周りの若い同世代が本気で世の中を変えようと、新しい事業を立ち上げていて、ものすごく感銘を受けましたね。実は、僕は学生時代、家計を助けるために高校・大学の学費や生活費をすべて奨学金とアルバイト代で賄っていたのですが、それだけでは足りず、大学生のときに自分で小さな事業をいくつか立ち上げていたんです。シリコンバレーで事業をやっている人たちと話しているうちに、当時の記憶が蘇ってきて、やっぱり自分もチャレンジしなければと、本気で起業する決意をしました。」

帰国後、村田製作所を退職し、事業の勉強を始めた田中さん。そんな中、世界最大級の技術展示会「CES」でエイターリンクの無線給電技術を目にし、衝撃を受けた。RF(無線周波数)自体は100年以上前から存在していた技術だが、電波を利用したワイヤレス給電の分野は、法規制のハードルが高く、技術的な安定性や信頼性の確保が難しいため、本格的に事業化された例はほとんどなかったからだ。自身のRF技術のバックグラウンドを活かしながら、本気で世の中を変えようとするミッションや価値観にも共感し、エイターリンクにジョインすることを決めたという。

「ワイヤレス給電の技術は、規制の影響を受けやすい領域でありながらも、人々の生活を豊かにし、安全性の向上にも大きく貢献できる可能性を秘めています。そのため、特定の事業領域にこだわるのではなく、むしろ幅広い分野へ展開していくことこそが本質だと思っています。その中でも、ビル事業はワイヤレス給電をインフラとして普及させるための中心的な領域だと考えていて、あらゆる産業に応用できる可能性を持っていることを実際に多くの企業と話をする中で実感しています。例えば、空調の省エネという一つの切り口で話をしても、企業によってその捉え方やニーズがそれぞれ異なり、同じ技術を使っても、解決すべき課題が多様に変化することが非常に興味深い分野です。」

「さらにビル事業は、単にワイヤレス給電のハードウェアを提供するだけでなく、センサーを活用したデータ収集や処理、クラウドシステムの開発、施工管理まで幅広く手がける必要があります。そのため、プロジェクトマネージャーや施工チーム、ソフトウェアエンジニアなど、多様な専門性を持つチームが連携しながら事業を推進しています。FA事業と異なり、ビル事業はまだ市場が確立されていないため、自ら市場を開拓しながら売上計画を立てる必要があるため難しさがありますが、その分事業の自由度が高く、新しい技術を活かしたソリューション開発を進めることもできる。そこで僕らは、ワイヤレス給電を核としながらも、関連する多様な技術領域をカバーしながら事業を展開しています。現在は、新規開発に加えて施工管理やプロジェクトマネジメント、市場開拓にも注力し、さらに無線給電の社会実装を進めるために、性能向上やコストダウンなど次世代モデルの開発にも取り組んでいます。」

ワイヤレス給電をビルに導入すると聞くと、多くの人は「なぜビルなのか?」と疑問を持つことが多いという。実際この2年間、そうした認識のギャップを強く感じてきたが、田中さんはそれをむしろチャンスだと捉えている。スタートアップが入り込み、新しい価値を広く生み出せる未来について話してくれた。

「日本国内の規制では、屋外での電波利用が禁止されており、基本的に屋内でしか利用できないという制限があるので、まずは建物内での活用を定着させ、その利便性や価値を広く認知してもらうことがワイヤレス給電を本当の意味でインフラ化するための第一歩になるはず。今やWi-Fiが当たり前のインフラとなっているように、将来的に屋外での利用が可能になれば、新たな応用分野も広がります。たとえば、防犯カメラの無線化が進めば、駐車場などの監視システムがより柔軟に設置できるようになりますし、橋やトンネル内部のセンサーも、無線給電が使えれば、より簡単に設置・運用ができるようになります。ワイヤレス給電も同じように社会に普及させて、真のデジタル世界を実現したいです。今は、最初のユースケースを定義し実装を進めていますが、最終的にはサイバー空間とフィジカル空間をつなぐ橋渡しとなる技術になれると考えています。」

働く上で何よりも大切にしていることは、「コアとなるテクノロジーがあること」だと話す田中さん。技術力はもちろん、ワイヤレス給電によってデータを取得するというエイターリンクの考え方が、未来への可能性に強く共感しているのだという。そんな田中さんがこれからさらにやっていきたいこととは?

「僕は、『自分が生きていた』という実感をちゃんと感じられることをやり遂げたいと思っています。『何のために自分は生まれてきたんだろう?』と考えることもよくあるんです。だからこそ、その問いに対して自分なりの答えを持てるような何かを実現したいと思っていて。それがワイヤレス給電を通じて作る究極のデジタル世界でもいいし、別の方法でそれを感じられるならそれでもいいとも思う。大事なのは、自分の手でやり切ったと思えるところまで到達すること。そこに明確な答えはないと思いますし、一生自分の中で『これが正解だ』と思えない限り、僕は満足しないんだと思います。」

最後に、田中さんにとってInspired.Labとは?

「新卒からの数年は、Apple向けの仕事ばかりで、エンジニアだったこともあって、他の企業と接点を持つことはほとんどありませんでした。それが、Inspired.Labに来て最初に感じたのは、『日本にもこんなにスタートアップが集まる場所があるのか!』という驚き。シリコンバレーでは、いろんな会社が一緒に集まって、オフィススペースをシェアしながら、新しい事業を生み出していく光景を見ていたのですが、日本にそういった文化は根付いていないと思っていたんです。Inspired.Labは、スタートアップが実際にプロダクトを試作したり検証したりできる環境が整っていて、ここまでちゃんと設計されているインキュベーション施設は、日本ではなかなかないんじゃないかなと思います。そして、何より一番の刺激は、ここに集まる人たちの熱量や志の高さですね。会社ごとにミッションやビジョンは違っていても、『新しいことを生み出す』『世の中を変える』というゴールは、みんな根っこでつながっている感じがするんです。シリコンバレーでの日々を思い出すような刺激を受ける環境です。」

2025.03.24

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