「仕事でもプライベートでも、Inclusiveな世界を作りたい」
参天製薬株式会社(以下、Santen)は、130年以上の歴史を持つ眼科医療に特化した老舗の製薬会社。2020年には長期ビジョン「Santen 2030」を掲げ、眼科医療領域に留まらない「見る」ことの可能性を探求している。Inspired.Labメンバーの斎木陽子さんは、2020年からSantenで経営戦略やビジョン戦略に関する業務に携わっている。
「コーポレートストラテジーという部署に所属し、主に2つの業務に携わっています。1つ目は全社の経営企画・経営戦略を策定する仕事、2つ目はVISION戦略推進の仕事です。特にInspired.Labでは、後者のVISION戦略推進での仕事にメインで関わっています」
日本に比べ、海外の新興国は眼科医や眼科クリニックの数が少なく、一生の間に一度も眼科にかからない人も多い。斎木さんによると世界的に眼科医療はまだ充足していない領域だという。そのような課題意識の下で出された「Santen 2030」の具体的なビジョンを伺った。
「 『Santen 2030』には3つの軸があります。1つ目はOphthalmology(オフタルモロジー)。これは「眼科医療」という意味ですが、細胞医療や遺伝子治療などのサイエンスの発展によって今まで治せなかった病気にアプローチしたり、眼科医療が十分に発展していない地域において、患者さんに対してどんな価値提供ができるかということ。2つ目はWellness。そもそも目の病気にならない、健康な状態を維持するためにSantenとして何ができるか。3つ目はInclusion。今の医療では解決できない目の病気や、生まれながらに失明されていたり、弱視の方々が、見ることが出来なくても幸せを感じることができるような生活を提供するために、新規事業に取り組むということです」
社内でもいくつかの部署が新規事業創出に取り組む中、VISION戦略推進では、主に国内でのInclusionに関する事業や、アジア地域の眼科医療の充実を図る事業を支援している。
「従来、医療用医薬品を普及するときには眼科医や学会などと協働しています。ですが、眼科医療そのものを充実させることを目的とすると、官公庁であったり、WHO/UNといった超国家機関であったり、今まで接点がなかったようなステイクホルダーとも新たな関係を構築しなければなりません。新規事業創出だけではなく、それを実行するのに必要なケイパビリティ構築なども私たちの部署で行っています。もっとも、医療に関する課題を解決するのは一朝一夕でできることではないですし、私たちのような企業が一社で全て解決できるとは思っていません。少しずつできるところからやっていくというアプローチで取り組んでいます」
斎木さんは2020年4月にSantenに入社。それ以前は、総合商社で農薬事業の営業・マーケティングの仕事を経て、製薬会社で経営企画に携わっていたという。幅広く職種を横断して経験されてきた中で、どうしてSantenに転職することを決めたのだろうか。
「製薬会社に勤めていた時に、全社もしくは事業部門の戦略を作る仕事を10年ほどしてきました。そこで、私自身はサイエンティストでもなければ薬の営業ができるわけではないけれど、会社全体を広く見渡したり、問題がある組織やプロセスを改善していく仕事が好きで向いていると気付きました。その時期にSanten社長の谷内との面接で、薬ではないところで新規事業を作るという話を聞き、私には薬は作れませんが患者さんのために新たな価値を生み出す仕事をしてみたい、そこに自分の持っている強みを活かすことで私でも貢献できるのではと思い、Santenへの入社を決めました」
仕事と両立させながらMBAを取得し、経営戦略や社会課題解決などについて学んできた斎木さん。しかしながら実際の業務の中では、様々な課題に直面したり難しさも感じているという。
「私たちは製薬事業に関しての知識や土地勘はありますが、たとえば視覚障がい者向けビジネスを考案するとなると、当社にとってはまったく新しい分野ではないので判断が難しいことがあります。そういった中で社内を説得したり、協力を取り付けるのも一筋縄ではいきません。また、Santenという一企業で取り組むには、この社会課題は非常に大きなものなので、どのように取り組んでいくのかが難しいところであり、チャレンジだと思っています。一方で、だからこそ面白いと思う部分もあります。まだ何か目覚ましい成果が出ているわけではありませんが、例え時間がかかったとしても絶対にやらなければいけないことだと気づかされました。どこを押せば世の中や仕組みが変わるのか、いわゆるレバレッジポイントを見極めることが大切です。辛抱強く取り組んでいくことで一緒に協働していける方や賛同していただける方が増えていくことにやりがいを感じています」
Santenはこれまでブラインドサッカー大会のスポンサーを務めていたが、2020年にブラインドサッカーに留まらず視覚障がい者が抱えている社会課題解決に取り組むパートナーシップを締結した。現在は、NPO法人日本ブラインドサッカー協会、一般財団法人インターナショナル・ブラインドフットボール・ファウンデーションとの共催で、事業化アイディアの提案を募る「VISI-ONEアクセラレータープログラム」を実施している。
「視覚障がい者向けのソリューションには、例えば点字や白杖などがありますが、視覚障がいは実は障がい者の中でもマイノリティで、中々発展しづらい状況にあります。また、視覚障がい者の方の中には働く機会に恵まれない方も多くいらっしゃいます。そのため、新たなソリューションが出てきても金銭面がボトルネックとなって普及が進まないといったこともよくあります。とは言え、視覚障がいをお持ちの方を支えるソリューションをどのように社会的に実装していくかを考えているスタートアップ企業は多いので、事業として成功させる支援をすることを目的に「VISI-ONEアクセラレータープログラム」を今年スタートさせました。単に視覚障がい者向けのソリューションを開発している企業だけでなく、晴眼者向けに作っているソリューションを視覚障がい者の方にも活用できないかという両方のアプローチでお声がけをして、今年の2月に40社ほどから応募いただきました。そこから選考を行い、7月末に採択企業6社を発表しました。今後はメンタリングや実証実験のお手伝いなどを行い、10月にはデモデイを実施する予定です」
さまざまな領域を横断して働く中で自分の天職を見つけ、今も積極的に行動し続ける斎木さん。これから、どのような未来を見ているのだろうか。
「まずSantenの斎木としては、『Santen 2030』で掲げている世界を実現したいです。取り組む課題はとても大きいですが、2030年に少しでも世界が変わっているように努力していきたい。そのためには会社自体も変化しなければいけないし、出来ることはたくさんあると思っています。私個人としても、自分がいかに社会に貢献できるかというところで社会課題解決への興味が年々広がっています。現在、仕事と社会課題解決がダイレクトに繋がっているのでやりがいがありますが、この仕事ではなくなったとしてもプライベートで続けていこうと思っています。全く違う分野ではありますが、紛争地域の子供達に教育を届けるNPO法人を支援するプロボノ活動に参画したりしています。」
最後に、斎木さんにとってInspired.Labとは?
「言葉の通りかもしれませんが『出会って、インスパイアされる場所』です。製薬会社以外の業界との接点が必要だと感じ、多様な方々に出会うためにInspired.Labへの入居を決めました。普通のオフィスビルで働いていては得られないきっかけや閃き、協働のチャンスなどを与えてもらえる場所だと感じています。それが居心地の良さにもつながっているんだと思います」