Inspired.Labを世界で1番未来に近い場所にしたい
『大手町から世界を変える』。Inspired.Labにはイノベーションを志す人と企業が集い、新しい事業を生み・育てる場が現在進行形で創られている。TomyK代表でInspired.Labメンターでもある鎌田富久さんは学生時代に自身で設立したソフトウェアのベンチャー企業を上場させ、10年間上場企業の経営に携わった後、2012年よりスタートアップへの投資や支援を開始した。Inspired.Labを拠点として未来を創る起業家の育成、革新テクノロジーで社会課題を解決するテクノロジー・スタートアップの立ち上げなどインパクトのあるイノベーションの創出を目指している。
「どんな仕事をしているのかと聞かれた時にはいつも『未来を創るお手伝い』と答えています。実際に未来を創っていくのはスタートアップなのでそこに少し知恵を出したり、口を出したり、手を出したり、資金を出したり、励ましたりということをやっています。TomyKで支援しているスタートアップは20数社ありますが、いわゆるベンチャーキャピタルとは違って私の場合は関わっているところ全部に成功してもらいたいという気持ちが強いので、出資するだけでなくかなり深く入り込む形で応援しています。中には社外取締役を務めているところもありますし、現在LPIXELでは共同代表として経営に携わっています。TomyK設立当初から母校でもある東京大学発のスタートアップを増やしたいという想いがあり、東大起業家の支援やイノベーター教育なども行っています。さらに大企業の新規事業や大企業発のスタートアップが多く生まれるよう、Inspired.Lab内の大企業のサポートもしています。」
愛知県一宮市で生まれ育った鎌田さん。どのようにして東京大手町から未来を創る仕事にたどり着いたのだろうか。
「野球が好きだったので中学校では野球部に所属していました。勉強に関しては、頑張って100点を取るというよりはいかに短時間で95点取るかを考えるような子供でした。その方が遊ぶ時間が増えるので。無駄なことをなるべくやらないとか、理想形とか最適化みたいなことをずっと意識していた気がします。その頃から理系科目が好きで高校時代は『大学への数学』という数学の雑誌をよく読んでいました。その中で当時設立されたばかりの東大の情報科学科が紹介されているのを見ておもしろそうだと感じたことが、東大でコンピューターサイエンスを学ぼうと思った最初のきっかけです。数学や物理、電気工学など歴史ある領域は100年単位で天才たちが既に取り組んでいるのでやり尽くされていて、おもしろいことが残っていない気がしていましたが、情報科学は新しい学問領域だったのでやれそうなことがたくさんあるように思えましたし、未来に1番近い気がしました。またプログラミングは論理的思考力だけでなく、ものづくりやアートと少し似ていて、美しいコードを書くためにはクリエイティビティが必要なんです。そういった点も自分にはすごく魅力的に思えました。大学在学中にはマイクロソフトやアップル、アドビなどアメリカの学生ITベンチャーがどんどん出てきて急成長していました。ソフトウェアというビジネスは、ハードウェアのように何か部品やパーツを仕入れる必要もなく、アイデアをプログラムするだけで商品として売ることができ、ほぼタダで複製(量産)もできる。しかも、それをやっている人が学生の中にいると知ったときは衝撃でした。特にアドビの共同創業者のジョン・ワーノック氏は研究者としても有名で、自分と専門分野も近かったこともあり論文を読んでいたので研究者兼起業家という生き方に大きな刺激を受けましたね。そして、自分にも日本でできるのではないかと考え、仲間と一緒にソフトウェアの会社ACCESSを創業しました。ソフトウェアは作れましたが、会社経営はもちろん未経験だったのでその点で大変苦労しました。会社経営をする上で思いつくような失敗はすべてしたと思います。つまずきながらも10年程様々なことに挑戦し、携帯電話向けのブラウザやメールのソフトウェア開発を1つのきっかけに急成長して2001年に東証マザーズに上場。その後、海外の会社を買収したり、グローバルに事業を展開しました。もともと新しいものが好きで、未来を創りたいという想いでACCESSを始めたのですが、1つの会社でできる事というのは限られてしまうので、上場10年を区切りにACCESSを次の経営陣に渡して2012年にTomyKを設立し、テクノロジー・スタートアップを支援するということをこの10年くらいやっています。ロボット、AI、人間拡張、宇宙、ゲノム、医療など数多くの未来を創っていく事業に携われて、今凄く楽しいですね」
未来を見据え創造し続けている鎌田さんの目にはどのような世界が映っているのだろうか。
「既にそうなってきていると言えますが、これから人々の働き方がどんどん変わっていきます。人生120年時代がやってくれば、50歳くらいからでも新しいことを始められるようになりますし、それこそ宇宙で働く、メタバースで働く、そこから大手町へ来るというようなことが起こっても不思議ではありません。あらゆる意味で働くことの自由度が劇的に増し、毎朝満員電車で9時に出社するというような世界は昔話になっていきます。AIやロボットにできることを任せてしまえば、もはや私たちは働かなくてよくなるということも十分に考えられる。その中で最後に残るのは人間的なコミュニケーションやクリエイティビティである可能性が高く、アーティストやスポーツ選手のようにビジネスの世界でも自分の経験やスキル、人間性やクリエイティビティをもとに個人が活躍するという時代になっていくのではないかと思います。企業もミッションが大事で、どう世界をよくするのか、社会課題を解決して人々の暮らしを豊かにしたいという想いを持つ若い起業家が増えてきています。大きな時代の変わり目にはゼロから理想形を追求して始める方がよりグリップが効き、世の中を変える力があります。そんな人たちが新しい事業を創っていくことによって、最初は規模が小さかったとしても、一歩づつ前進して世の中がおもしろい未来に向かって動いていくことを期待しています」
人類がテクノロジーを駆使して世の中を変化させた中で、人間の幸福度は増しているのだろうか。そして鎌田さん自身の幸福とはどのようなものなのだろうか。
「今は人類の幸福感が変化するタイミングだと思っています。ホモサピエンスレベルで考えるとこれまで長い間人類は空腹を満たすことが大きな目的だったわけですが、もはや衣食住の課題はなくなってきています。もちろん依然貧困国や戦争もありますが、概ね世の中はモノで溢れている。最近の若者は物欲がなくなってきているといいますし、モノによって幸福を感じるということが相対的に少なくなってきている中、健康や長寿、やりがいや達成感、人との繋がりなど我々は対象がモノではない新たな幸福感にシフトしていくでしょう。豊かになった日本では2008年をピークに人口は減少に転じていて、まさに今日本は世界に先んじて社会の転換期のタイミングを迎えているので、我々は答えのない問いにいち早く向き合わなければなりません。私が何かクリアな答えを持っているわけではありませんが、人類は次の幸福を探す、あるいは創っていくという時代になるということははっきりと言えます。開拓精神旺盛な人は、先述のように宇宙や仮想空間など新たなフロンティアを求めるかもしれないですし、逆に現実空間の自然の中で幸福を感じる人が多いのかもしれない。それは決して画一的なものではなく、様々な選択肢が生まれていくような気がしています。そして、私自身の幸福はそういった変化や新しく起こることを自分の目で見たいということです。だから、これからも人類の未来を1番早く近くで見られる場所に居続けたいと思っています」
-Inspired.Labをどんな場所にしたいですか?
「Inspired.Labを世界で1番未来に近い場所にしていきたいと思っています。新しいことが常に起こり、未来を1番最初に感じることができて、そこに加わると自分もその1人として一緒に未来を創っていると思えるような場所になると最高ですね。1つの野望としては、この大手町ビルの屋上から空飛ぶクルマで羽田に直行できるようにしたいなと思っています。まだ屋上が有効活用できていませんから。この辺りでは一際低いビルなので風の影響も受けにくく、離着陸しやすいんじゃないかなと思って(笑)」