未来の社会課題を想像し、新たな価値観を創造するための思考プロセスをデザインする

『”いのち”と”くらし”を想い続ける。』旭化成グループは、人類の幸福への願いを胸に一世紀前 から変わらない理念のもと、「マテリアル」「住宅」「ヘルスケア」の3領域でさまざまな事業を展開し、社会に新たな価値を提供し続けてきた。Inspired.Labのメンバーである山下昌哉さんは、旭化成において3種類の新規事業開発を経験した後、山下研究室(MY Lab)を立ち上げ、シニア・ イントラプレナーとして「思考プロセスのデザイン」を研究し実行する組織や人材育成に取り組んでいる。

「2016年に研究・開発本部内の組織として、山下研究室(MY Lab)を設立しました。ここでは、将来の社会課題達成で必要とされる新しい価値観を創造し、新規事業を生み出すために、『思考プロセスのデザイン』を研究して自ら実行する組織や人材の育成を行っています。結果を定量的に測れないので、続けることが一番難しいですね。」

東京大学で工学部物理工学科の博士課程まで修了した山下さん。旭化成に入社したきっかけはなんだったのだろう。

「大学院では表面物理の研究室で核融合の炉壁について研究していたのですが、扱うシステム が大きすぎて逆に自分の研究範囲が小さく限定されてしまい、全体像を把握できないもどかしさを感じていました。そもそも、工学部に進学した理由が『人の命を担う』学問だと思ったからという自分の原点に立ち返り、医療機器であればシステム全体を把握しながら開発ができると考えたのです。また、ちょうど旭化成でMRIの開発プロジェクトが始まることを知り、旭化成として医療機 器開発は全くの新規事業だったので、ゼロの状態から研究・開発がスタートできるという点にも魅力を感じました。」

新卒入社して従事したMRI事業は、製品技術が高く評価され、旭化成は世界最大の医療機器 メーカーであるシーメンス社とJVを組んで海外に進出。当初日本に1台もなかったMRIが、10年 後に1,500台稼働するほど市場は拡大し、山下さんは技術の黎明期から普及期まで一連の事業 開発を経験することができた。しかし、東西ドイツ統一をきっかけに旭化成の技術開発チームが事業を撤退。思いがけず社内失業を強いられることになった。

「10年間人生を捧げた事業がなくなり、働く目的を見失いましたね。MRIを開発したくて旭化成に入社したので、社内の他事業には知識も経験も全くありませんでした。しかし、当時は転職がレ アケースだったこともあり、ちょうど旭化成が東芝とJVを設立したリチウムイオン二次電池(LIB) の新規事業を担当することになりました。自分にとって全く新しい技術分野だったので、また一から勉強をやり直すことになりました。」

LIB事業は、化学系材料技術の他メンバーと物理系システム技術の山下さんという異分野の技術や発想が組み合わさったことにより、旭化成の社長賞を受賞する大きな成果を上げ、新工場を 建設するまでに成長。全てが順調に見えた矢先、経営判断により約8年で旭化成は電池事業を撤退し東芝に売却。山下さんは再び社内失業を経験することになった。

「今度こそ会社を辞めようと思ったのですが、新卒入社時の上司がいたソフトウェアの研究所に拾ってもらうような形で異動しました。2度の社内失業経験から『20年以上継続できる新規事業』 を作りたいと当時は考えていたんです。これまで担当した新規事業が目指す大規模な市場は、市場が拡大するにつれて、段々と技術力ではなく投資などの経営判断で差がついてしまい、技術者として能力が最大限発揮できないと思っていました。そこで、中規模の市場を狙って、携帯電話用の電子部品であるe-Compass(電子コンパス)の開発を提案して、またゼロの状態から再 スタートしました。当時携帯電話が普及し始めて、市場が更に拡大すると分かっていましたし、電子部品の市場は、技術者的な目線から今後ソフトウェアの価値が大きくなると判断しました。私自身は、電子コンパスのテーマ提案から製品開発、事業責任者として市場拡大に貢献する10年間を通して担当しましたが、その間にスマートフォンが登場して世界市場が急拡大したことで、旭化成の事業規模も急成長し、事業開始以来世界一のシェアが20年以上継続する安定した新規事業を創出することができました。」

3種類の新規事業に携わった経験を活かして山下研究室(MY Lab)では、新しい価値観を生み出す「思考プロセス」の研究と社内の土壌形成・人材育成に注力した。ウェブ上でフォーラム(MY Lab Forum)を開設し、新規事業に関連する記事を配信し、ワークショップやブレストなどのイベントを開催したそうだ。

「フォーラムは、バーチャルな組織だったので、リアルな場所の重要性を感じて、2016年に居室と会議室、実験室、全てが同じ空間として繋がるオープンスペース(MY Lab Space)を作りました。 しかし、本厚木駅からバスで15分かかるような場所にあり、気楽に人が立ち寄れる場所ではなかったので、私のチーム(MY Lab)が2018年冬にプレオープンしたばかりのInspired.Labへ入居 することにしました。旭化成の本社が日比谷なので、大手町は新幹線や飛行機で出張して来た 人も気軽に立ち寄れる場所であり、通勤途中でも集まりやすい魅力的な場所でしたし、 Inspired.LabはMY Lab Spaceで実現していた空間に近く、利用のイメージもつきやすかったんです。」

その後MY Lab(Masaya Yamashita Laboratory)は、myLab(me & you Laboratory)に形を変え、田町にオープンした『デジタル共創ラボ Co-Co-CAFE』というDX拠点と連携して活動をしている。

「新規事業の研究・開発というものは、本来10年後に実現する社会を見据えて行います。だから、新規事業に携わる私たちの日常は、10年後の社会そのもの。私は、事業がある程度成功して実現した10年後の更に先で、その事業をどのように継続していくかという差異化のポイントこそ重要だと考えてきました。市場が成長する頃には、必ず競合との性能差が段々無くなっていくので、新規市場の拡大前と後で、自身の事業競争力を大きく転換する仕組みを予め準備しておかなくてはなりません。イノベーションを起こすためには、未来の社会課題を想像し、そこに必要とされる新しい価値観そのものを提案して新規事業を創造できる人を育てる、ということが重要なん です。」

最後に、山下さんにとってInspired.Labとは?

「Inspired.Labは、自分たちが作りたいと思っていた空間が大手町で実現されている場所。全てをオープンスペースにして繋ぐことは、リアルなコミュニケーションの場であると同時に、バーチャルな未来の価値観を創造する場なんですよね。新しい思考プロセスを事業として実現するための 理想的な空間だと思っています。」

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