日米の技術力を結集し挑む、生成AIの新たなフロンティア


生成AI領域にて独自の技術開発を行い、日本語を中心とした音声認識や自然言語処理に強みを持つ株式会社Kotoba Technologies Japan(以下、コトバテクノロジーズ)は、リアルタイムで音声を理解し応答する技術の開発を進めているスタートアップ企業だ。同社は、アメリカの学術機関でAI研究の経験を積んだメンバーと、日本のスーパーコンピュータ研究に携わってきたメンバーが共同で設立した日米クロスボーダー企業であり、日本に拠点を置きながら国内外の大学や企業との連携を深めている。最先端のAI技術を実社会に応用し、世界のAI分野への貢献を目指すコトバテクノロジーズが描く未来とは。創業者兼CEOである小島熙之さんにインタビューを行った。

「僕らは具体的なアプリケーションに焦点を当てながら、基盤となるAI技術の開発を行っています。いくつかフォーカスしているアプリケーションの一つが翻訳。例えば、誰かが日本語で話した内容がそのままの声で瞬時に英語に翻訳される技術を開発しています。また、AIが対応できる仕組みの開発によるコールセンターの自動化や、学生が面接の練習をする際にAIが相手役となるシステムも開発中です。後者のシステムは、AIとロールプレイをすることができるので、企業内トレーニングにも活用できる技術です。」

元々宇宙工学を学ぶために、ミシガン大学・アナーバー校に進学した小島さん。当時はロケット打ち上げの分野に関心があったが、ディープラーニングを作った教授との出会いを機にAI研究の面白さに惹き込まれ、リサーチ・アシスタントとして働き始めることになる。そのまま博士課程へと進み、生成AIやChatGPTの技術開発を行っていたが、日本のスーパーコンピューター・富岳を使い、日本語に特化した生成AI技術の開発を行うプロジェクト『富岳エレレーム』を笠井淳吾さん(コトバテクノロジーズ共同代表)と共に立ち上げたことがきっかけとなり、日本に戻ることを決めたという。

「アメリカでAIの研究者として活動する中で、アメリカのオープンAI社やヨーロッパのハギングフェイスを中心に、英語での生成AI技術が急速に進歩している一方、日本語対応の技術は発展途上であることを強く感じていました。日本でも同様の競争を加速させる必要性があると思い、日本のスーパーコンピューターやインフラを使って日本語版GTP3のような技術を作りたいと考えていたんです。そこで、当時国内でスパコン界の大谷翔平のような存在であった『富岳』という国産のハードウェアを用いて、日本語に特化した生成AIのソフトウェアを作ることは象徴的な意味合いがあるだろうと考えました。笠井から声をかけてもらい2人でプロジェクトを立ち上げましたが、最終的には、東工大、東北大、理研、サイバーエージェント、富士通、名古屋大学といった多くの協力者の支援を受け、大規模な研究プロジェクトへと発展しました。文部科学省からも特別研究枠として大規模な予算を得ることができ、メディアでも広く取り上げられ注目度も上がっていたと思います。しかし、アカデミックなプロジェクトだったために進行は遅く、スピードが命である生成AI開発競争の中で、もっと柔軟に早く動ける形で生成AIを開発していきたいと思い会社を立ち上げることにしました。」

小島さんのAI研究は、画像や動画から情報を引き出す人工知能技術の研究から始まり、徐々に言語処理の研究へとシフトしていく。その後、画像と言語を統合し、視覚情報と言語を組み合わせた技術の研究に注力するようになった。そして現在、コトバテクノロジーズでは言語と音声の統合に挑戦しており、これまでの研究すべてが凝縮されている。コトバテクノロジーズが、日本の生成AI企業としてこれほど大きな期待を集める背景には、経産省の支援を含めたさまざまな要素がうまく噛み合っているからだと小島さんは話す。

「生成AIの研究は過去10年間、完全にアメリカが主導してきており、トップの研究機関でこの分野に取り組んできた日本人は非常に少ないです。もちろん、研究が評価されている部分もありますが、英語と日本語の両方が十分に出来て、アメリカと日本の文化を理解した上で両国をつなげられる人材はさらに限られます。その中でも、日本で新たにスタートアップを立ち上げるという挑戦をする人は、ほんの一握り。だからこそ、僕や笠井のような存在に対する期待があると感じますし、それに伴う責任もひしひしと増しているように感じます。現在の生成AIの開発状況や日本のAIの遅れを考えると、個々の力を活かして一気に技術開発のレベルを引き上げることが不可欠。僕たちもアカデミアで教授や研究者として活動したり、大企業で研究者として働くだけでは、日本のAIのレベルに直接的な影響を与えるのは難しいなと、富岳プロジェクトの際に強く感じました。今このタイミングで日本に戻って、スタートアップを始めたのは必然だったのかもしれません。」

はじめてAI技術に触れ、画像と言語を同時に認識できるシステムを見た時、どのようにシステムが動いているのか理解したいと思った気持ちは、宇宙やロケットに感じた浪漫に似たような感覚だったという小島さん。日々困難を感じることも多いが、それも含めてすべてが興味深い経験だそう。

「AIの研究を9年間続けていますが、初めてAIに触れたときから情熱が冷めたことは一度もなく、最近はさらにAIへの興味が高まっています。企業、特にオープンAIのような会社がAI研究の最前線を走るようになり、彼らが何をしているのか、どうやってそれを実現しているのか、大学の研究者たちには分からなくなってきたからです。オープンAIの技術が大学では再現できないスケールに達してきていて、それを目の当たりにしたときAIが再び面白く感じられました。今はちょうど僕らの探究心や知的好奇心と、資金調達に現れるような社会的利益が一致している状況にあると感じています。ただ、生成AIブームは必ず過ぎ去るもので、特に投資家の熱が冷めるのは非常に早いので、それらがいつ起こるのかを考えると正直怖いです。」

「僕たち創業メンバーにとっての重要な課題は研究開発と市場開拓のバランスを保ちながら進めること。単にアプリケーションを作るだけなら、収益を得られるかもしれませんが、企業としての魅力は次第に薄れていくだろうと思います。より大きなビジョンを持って社会的な課題を解決し、日本や世界のために技術開発を行う企業であれば、応援してくれる人々が広がり、もっと多くのリソースや資金、人材、スーパーコンピュータ等の資源が集まるはず。ただし、同時にマネタイズが難しくなるという側面もあるので、この2つのバランスをいかに繊細に取りながら進んでいくかが、コトバテクノロジーズとしての一番の難しさなんじゃないかなと思います。」

生成AIは今や経済界・政府などの注目を集める重要な分野だが、小島さんがAI研究者としてのキャリアをスタートした頃は、AIが本当に使える技術か定かではないような状況だった。国の政策や経済的枠組み、企業の投資動向を、生成AIツールを通じて垣間見る機会があることはとても面白い。一方で、スタートアップの中でも最も難易度の高い分野である生成AIは、オープンAIのように成功している企業でさえ大赤字を抱えるほど収益化の方法が明確ではない。そのような中でも、小島さんは研究者として新しい知識を吸収し続けることに喜びを感じながら、生成AIの未来に大きな期待を寄せている。

「僕らは、日本でもこんなすごいものが作れるんだと世界に示す具体例になりたいです。日本のAI開発ブームをまた花開かせる最初のリーダーでありたいし、さらに5年、10年と継続する存在でありたいと思っています。日本から生まれた企業が、東南アジアや生成AIの開発余力のない国々にまで包括的に影響を与えられるようになれば良いなと思うんです。そうすることで、非英語圏や経済的に弱い国々が最先端の技術を直接享受できる環境を生み出せるのではないかと考えています。世界のAI分野でのパワーバランスを整え、より多くの国々が恩恵を受けられるような未来を描けると良いなと思っています。」

「そのために、まずは技術的なアウトプットを一つ出すことが会社としての目標です。基盤技術を開発しているといっても伝わりづらいので、誰でも使えるデモを一つ作り出すことで、コトバテクノロジーズの存在感が大きく広がると考えています。実際、もうすぐそのアウトプットを出せる段階まで来ており、具体的には、日本語を瞬時に英語へ翻訳し、英語の音声として出力するデモになる予定です。これまで日本国内で同じようなツールが作られたことはないですし、日本の技術レベルがここまで進んだぞというインパクトを一気に与えられるものになると信じています。コトバテクノロジーズとして生成AIの領域でどこまで進めるのか挑戦してみたいです。」

最後に、小島さんにとってInspired.Labとは?

「スタートアップを始める時、AppleやMicrosoftのように実家のガレージをイメージしていたのですが、Inspired.Labはオフィスも綺麗で、カフェや食事も素晴らしく、とても恵まれた環境で仕事ができていると感じています。以前六本木にオフィスを構えていた時と比べて感じる一番の違いは、孤独を感じる時間が少なくなったこと。スタートアップは分からないことが多い上、相談できる相手が少ないのですが、Inspired.Labはウェルカムな雰囲気があり、スタートアップの仲間も多いのですぐに相談できる相手がいることが本当に有難いです。オフィスを移転した際も、他のメンバーの皆さんから『会社が大きくなったね』と声をかけていただき、温かいコミュニティだと感じました。自分たちのことだけでなく、他の企業の成長も見守りながら切磋琢磨できる環境に喜びを感じています。」

2024.09.09

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