患者さんに寄り添ったデザインの実現を通して社会課題を解決する
参天製薬株式会社(以下、Santen)は、眼科医療に特化した製薬会社として、130年以上人々の目の健康に向き合い続けてきた。Inspired.Labメンバーの朝田雄介さんは、コーポレートストラテジーチームのマネージャーとして、戦略の実行と実現に向けて様々なプロジェクトの立ち上げに携わっている。
「Santenの長期ビジョン『Santen 2030』のストラテジーのひとつであるInclusion(インクルージョン)という領域の中で、アクセラレータープログラムのリードや新規プロジェクトのリーダーをしています。またSanten以外の仕事でも2つの業務に携わっていて、1つ目は京都府立医科大学の精神科教室で金融老年学といわれる分野での客員講師、2つ目は、医療AIのスタートアップでプロダクトマネジメントの仕事です。その他、研究者としての業務や、資格独立系のファイナンシャルプランナーの仕事などもしていて、仕事の分野は多岐に渡ります。」
マネージャー、客員講師、研究者、ファイナンシャルプランナーと様々な顔を持つ朝田さん。各分野で専門力が求められる場面が多いというが、学生時代は脳の研究者の道を志し研究に没頭していた。
「高校1、2年生の時に、人生についてすごく悩んでいた時期がありました。その時、悩み度合いが数値化され、客観的に自分がなぜ悩んでいるのか、悩むとは一体なんなのかを説明することができたら楽になるのではないかと思い始め、そのためには頭の仕組みをサイエンスで理解する必要があると考えるようになりました。そこで脳に興味を持ち、脳の研究者をやってみたいというところから、進路選択が始まりました。ただ、当時の自分の学力レベルでは、生命科学を学べる大学の選択肢がほとんどなかったので、電気専攻から電気生理学に移る方向で、工学部への進学を考え、大学ではロボットにニューラルネットワークを組み込んだモデルを構築しました。ニューラルネットワークとは簡単にいうとAIのことです。ロボットにはいろんな関節があるのですが、それらをいかに制御するのかというところと、身体の仕組みはすごく近い部分があります。大学院では脳の研究を本格的にやっていきたいと思っていたので、結果そこで役立つ研究ができました。」
大学卒業後は、大阪大学の大学院に進学し神経科学を専門に学び始めた朝田さん。国内有数の脳の研究グループである大阪大学は、レベルの高い環境下であったため、精神をすり減らしてしまうことも多かったそうだ。
「同じ大学院生が、自分にとってはみんな異次元の賢さだったので、議論をするたびに心がやられていました。扉を開けたら毎回ダースベーダーがいるみたいな感じで…(笑)。だんだんとラボの中で研究することが辛くなって、ラボに行かなくなったり、ラボの外で研究したりすることが増えていったのですが、自分が興味のある研究をやっている人がフランスにいたので、海外旅行に行くついでに突撃訪問してプレゼンをしてみたんです。そしたら、面白いから一緒に研究しようと言ってくれて、そこからCollege de Franceとの国際共同研究が始まりました。大学院から逃げた結果、たまたま良いご縁をいただけました。大学院卒業後はそのままフランスの研究グループへ行くつもりだったのですが、祖母が神経難病になったことをきっかけに、その時自分が学んできたことを何も活かすことができなかったという体験から、現場ですぐに役立つ何かをする必要があると思いました。そこでアカデミアを辞めてビジネスの道に向かうことを決めたんです。」
卒業後は非鉄金属メーカーに入社し、新規事業開発本部でヘルスケア関連の立ち上げ事業に7年間携わった。その後、インターネット関連事業を行う会社に入り、生体計測データやヘルスケアデータの解析、機械学習/AIモデル開発などいくつかの開発運用を担当し、2020年4月にSantenに入社。転職のきっかけはなんだったのだろうか。
「僕は『当事者を中心としたデザインを通じて社会課題を解決する』という思いをずっと変わらずに持っています。製薬メーカーの規制が都合が優先され、患者さんのためを思ったプロダクトがほとんど無い中で、前々職、前職での経験を通して、医療やヘルスケアの中でもっと大きな動きをしたいと思った時、大きなお金が動く場所に行く必要があると思い製薬会社に軸足を置くことに決めました。SantenのInclusionでは、生活のQOLを中長期的にあげていくことが主な目標です。仕事が続けられない、就職できないなどの理由で、社会的・経済的な機会損失を無くしたいという想いからスタートし、環境が整ってないという課題を解決するためのソリューションや製品、サービスを自分たちで作ろうとしている人たちと一緒に課題解決を試みています。その活動の一つに、Inspired.Labとの共催イベントにもなっているインクルーシブスタジオやVISI-ONEアクセラレータープログラムがあって、VISI-ONEに応募している人たちにはインクルーシブスタジオに登壇してもらったりしているという流れも生まれています。」
朝田さんが担当するInclusionの領域では、視覚障がいの有無に関わらず交じり合い・いきいきと共生する社会の実現を目指し、実際に当事者とコミュニケーションを取りながら研究開発が行われている。
「身体的に全く違う特徴を持っている人たちとコミュニケーションをとることはとても面白いです。視覚がない世界は、健常者が感じ取る世界とは異次元で、常に新しい驚きや発見があります。例えば、視覚の無い世界では、自身の身体の感覚が起点となるので二次元において距離がすぐに分からないことや、聴覚から入る情報の比率が大きくなるため、聞いた音から広がる世界は全く違う立体感があるだろうなと思います。同じ情報であっても、全く違う表現方法として捉えられるので面白いですよね。ただ同時にそれが難しいことでもあり、視覚障害を持つ人の追体験ができないということや、完全に共感できない部分があることにすごくもどかしさを感じます。情報の伝え方が、他にもあるのではないかというのは常に模索して本当に大切なことはなにか、難しく考えすぎてたり、逆に考えられてなかったりしている部分を補っていきたいです。」
これからの進む先や方向についてはどのように考えているのだろうか。
「僕は、あまり先を見ていません。自分のことを『後ろ向きな楽観主義者』とよく言っているのですが、今やっていることの先に、結果どこかにたどり着くかもしれないという気持ちで、今日できることを日々積み重ねるしかないと思っています。研究者の時から、『やればできる、今日できなきゃ、将来できない』というキャッチフレーズを自分にずっと言い聞かせていて、1日3%でも自分のできることを増やそうという思いで仕事をしています。でも、やりたいことは沢山あって、自分の仕事の範囲が広いので、一貫性のあるモデルさんやデザイナーさんにはずっと憧れを持っています。」
最後に、朝田さんにとってInspired.Labとは?
「公園の砂場ですね。砂場って、サンドボックス(sandbox)という意味で、色々試したり遊んだりできる場所であり、偶然に友達にも会うことができて、『こんなことやってみようぜ!』がたわいもなく発生します。実際、竹中工務店さんとInspired.Labで出会い、建物をインクルーシブにして、建設建築などの領域の一つのスタンダードを作っていけたらいいよねという構想から新しいプロジェクトが始まりました。偶然的な出会いや発見があり、手を動かしてトライアンドエラーができる場所、それがInspired.Labですね。」