コミュニティの力を信じて。
「想いをかたちに 未来へつなぐ」竹中工務店は、建築を通して国内・海外問わず、社会に新たな機会や場所を提供し続けてきた。一言に建築といっても、ハードの側面だけでなく、汚染土地の再生プロジェクトやロボット技術の開発、高度解析技術の探求など、あらゆる分野の研究・開発を行っているから驚きだ。2014年から竹中工務店の技術研究所で研究員として働いている、Inspired.Labメンバーの髙井さんにインタビューを行った。
「竹中技術研究所の組織は大きく分けて3つあり、一つ目は建築基盤技術研究部、二つ目は環境・社会研究部、三つ目は私が所属する未来・先端研究部です。未来・先端では、将来の建築を見据えて何ができるかを考え、新しい材料作りや、新しい空間づくり、工事現場での新しい生産技術作りなどを行っています。私はその中の先端数理グループで、AIや機械学習といった情報系の研究をしています。」
髙井さんが情報系の研究を始めたきっかけは、大学生の時にアメフト部に所属していたことだった。
「アメフトは、事前の情報収集と作戦がとても大事なスポーツで、それによって勝敗がほとんど決まると言われています。それぞれがどう動くか全て作戦が立てられて、一人一人の動きが決まっているので、試合を全て動画で撮り、一つ一つ記録していました。今はコンピュータで選手一人一人の動きを自動で取得することが可能になりつつありますが、20年ほど前は、敵の動きを知るためには、他のチームの試合をビデオで撮り、それぞれの動きを動画で見て、自分の目と手で調べるしか対策のしようがありませんでした。全員分の動きを見るので、両チーム合わせて計22人分。その経験から、これらをコンピューターで自動でできたらいいなと思い、大学院で研究を始めました。」
大学院卒業後は、ポスドク研究員を経て教員としてコンピュータビジョンの研究をしていた髙井さん。画像の研究と建築は、一見全く違う業界に思えるが、なぜ竹中工務店に入社したのだろう。
「実は大学では、画像の研究と同時にエネルギーマネジメントの研究もしていました。というのも、カメラを用いて情報収集して全体を分析する画像の研究と、様々なセンサで情報を集めて分析や制御を行うエネルギーの研究も、基本的には同じ考え方を当てはめることができるからです。エネルギーも情報と同じようにマネジメントする仕組みが必要だと考える教授の思いに賛同し、複数の企業が参加するチームで研究開発を進めていました。これからエネルギーが社会問題になることは分かっていたので、家庭のエネルギーマネジメントや、それらを繋いだ地域のエネルギー生産や消費の観点から研究が出来たのは良い機会でした。その繋がりで、研究室に竹中工務店の方が来る機会があり、情報系の研究員が欲しいと学生に話をしていましたが、建設業界に行くことに対して学生たちの反応は薄かったのです。話を聞いてこれは絶対に面白い会社だと思ったので、自分が大学を辞めて竹中工務店に入社することにしたんです。」
建築のことを全く知らない状態で入社した髙井さんだが、研究分野の広い竹中工務店ではこれまで自身で行ってきた画像の研究が建築分野に十分に活かせると思ったという。
「私が入社した当時は、スマートビルについて本格的に研究開発が進み始めていた頃で、建物の中にさまざまなセンサを取り入れて、データを蓄積し、自動的に適切な機器制御を行うなど、建物にさまざまなサービスを組み込むための技術の研究開発がなされていました。現在は、その技術開発の一環として、カメラを『人の状態を取得するセンサ:ヒューマンファクタセンサ』と位置付けて、オフィス内で人がどのように感じているかを捉える画像AI技術の研究開発を行っています。具体的には、天井に魚眼レンズをつけて、建物のどの位置に人がいるかを検出し、姿勢(立っているのか座っているのか等)を推定したり、着衣量(厚着なのか薄着なのかを示す数値)推定による温熱感や、輝度推定による眩しさ感などを取得するという技術です。この技術を用いると、人の温熱感や眩しさ感を考慮して適切に機器を調整することによって、快適性を保ちつつ建物のエネルギー消費を最適化することが可能になります。また、オフィスだけではなく、建築生産現場に対してもカメラを活用した研究開発も進めており、この件についても近い将来に公表できるかと思います。」
ボトムアップで研究課題を作ることができる竹中工務店では、研究員それぞれの発想で様々なプロジェクトが生まれている。髙井さんが始めた『曼荼羅』もそのひとつだ。曼荼羅は、技術研究所で研究・開発された要素技術(waza)と研究員(hito)の情報を、技術分野、建物種別、SDGsなど様々な切り口から検索・可視化出来るシステムで、社内のコミュニケーションの醸成に重要なツールとなっている。
「『曼荼羅』は、研究所にいる人をもっと知りたいという純粋な気持ちから始まりました。中途採用で竹中工務店に入社したので、周りの人をよく知らないなと思う瞬間が度々ありました。また、ゼネコンの研究範囲は大変幅広く、地面の中から、コンクリートなどの材料、居住環境、さらには自然環境や宇宙まで、多種多様な研究がなされています。建設現場に関わる人まで含めると、本当にいろいろな考え方の人がいて世の中が成り立っているんだなと実感して、興味や人の関係性を可視化できたり検索できたりするシステムがあれば他の人にも役に立つのではないかと思いました。そこで、コミュニティを活性化させるための新しい仕掛けという位置付けで『曼荼羅』の研究開発を始めました。曼荼羅の可視化の最初のイメージは宇宙からみた地球の夜景でした。賑やかな都市は人が沢山いて光っていて、道がつながることでまた違う都市が光っているというように、人が集まり光ってつながっているというイメージがスタート地点です。曼荼羅では、研究員の一人一人がまちの光を、研究テーマや興味・関心事がそれらを繋ぐ道を表しています。」
曼荼羅を作る上で、人は知れば知るほど難しくてよく分からない、というところこそ面白いという髙井さん。様々なコミュニケーションの方法がある中で、髙井さんは言葉で研究員の考えや想いを引き出していく。そして、その考えや想いが曼荼羅に表示され、いろんなつながりが生まれていく。先日行われたInspired.Labでの曼荼羅のデモンストレーションでは、予想以上に喜んでくれている人が多く心強かったという。また、これからの課題が見つかったことにも楽しさを感じている。
「コロナウイルスの感染拡大で、社会の在り方がかなり変わりましたよね。リモートで殆どのことができるようになった世界で、人の結びつきをどう豊かにできるかということを考えています。これからメタバースが台頭してくると予想されますが、それらは現時点では物理世界との断絶を感じさせるものだと思っています。竹中工務店にいて、建物に入った時の空気感や場にいることで感じることの良さなど、物理的な空間の大切さをより感じているので、この物理空間にサイバー空間を引っ張り出すこと、私たちの言葉で言うと『染み出させる』ということをしたいと思っています。物理空間に人がいて、そのあちらこちらにサイバー空間の情報が自然に現れてくるということです。サイバーとフィジカル、そして人の繋がりを表すコミュニティ、それらを一体化させたような空間づくりをこれから5、10年くらいかけて進めていこうと思っています。」
物理空間とサイバー空間を行き来する曼荼羅において、コミュニティの力を信じ掛け合わせたのはなぜだったのだろう。
「情報系の研究をしている中で、VRやメタバースが一部の人たちだけの盛り上がりに終わってしまうのはなぜだろうという疑問がありました。色々考えていくうちに、VRやメタバースであっても、どんな人のために空間を作るのかという『人』への意識が掛け合わされないと、使われない世界が出来上がっていくだけだということに気がつき、コミュニティの重要性を認識しました。既存のメタバース空間には、そこで暮らす人たちの繋がりやコミュニティの生々しい存在が欠けていると思ったのです。だからこそ、人と人の繋がりが生まれる空間をサイバー空間の方でも作らなければいけないと思いました。」
最後に、髙井さんにとってInspired.Labとは?
「つながる場所ですよね。竹中工務店とはまた違うバックグラウンドを持つ人たちがいるので、ここに来ると刺激をもらいます。また、Inspired.Labに来てから、コミュニティオーガナイザーさんの存在や活動について知ったのですが、曼荼羅の考え方とフィットするような仕事だと思っているので、その点も素晴らしいなと感じています。」