感動は、生きる力になる。パーソナルデータから“感動の種”を掘り起こし「この世は生きるに値する」と思える人を増やしたい DSInnovation株式会社 代表取締役 野尻梢さん

数十年前の日常にはなかったスマートフォンアプリやSNS、イーコマースなどのサービス。それらは私たちの生活を豊かにしてくれる一方、サービス開発側に膨大なパーソナルデータを渡している。そのデータがどのように使われているのか不安に思っても、どうアクションしていいのかわからないと思う人も多いのではないだろうか。

DSInnovation株式会社(以下DSI)代表取締役の野尻梢さんは、DSIでデータビジネス支援事業をおこないながら、慶應義塾大学メディアデザイン研究科リサーチャーとしての顔も持つ。情報銀行構想やインフォメーションバンクコンソーシアムなど、『この先日本においてパーソナルデータをどう取り扱っていくべきか』についての研究も行う野尻さんは、「サービスによって集められたパーソナルデータをマーケティングに使うだけではなく、ユーザーに寄り添うサービスを作ることでユーザーに還元したい」と話す。

“ユーザーに寄り添うサービス”とは一体どんなものなのだろうか?

「現状では、Aさんがあるサービスのために使ったデータはサービス開発側の手に渡り、Aさんの個人情報とわからないレベルにボカして集約され、マーケティングデータとしてAさん以外の人にも便利になるようサービスをアップデートしています。そのようにAさんのデータを使ってBさんのためのサービスをアップデートするのではなく、サービス開発側がAさんのデータを本人の意志を元に使い、Aさんのためのサービスをアップデートするということをしていきたいんです。

具体的な例で言うと、DSIでは日本へ来日する旅行者に貸し出す画面付きWi-Fiルーター端末に、旅行中に役立つサービス提供や情報のアップデートを担当しています。その端末からユーザーの許諾を得て取得したデータをリアルタイムに解析し可視化する基盤を構築、さらにデータをサービスとしてユーザーに還元する設計と推進もおこなっています。ただこの端末はレンタル端末なので、端末自体にユーザーのデータを保存しておけません。私たちの理想としては、観光客Aさんが来日した時のパーソナルデータをAさんのデータベースに保存しておく。Aさんが次回来日した時に、Aさん自らそのデータベースから前回好きだった観光地やプラスアルファのデータを取り出してサービス側に提供し、サービス側はそのデータを使ってAさんに次のサービスを提案する。それがユーザーに寄り添うサービスだと思っています」

しかし、それを実現するには大きな障壁があるという。

「今お話ししたようなサービスを実現するには、ユーザーデータをコントロールする権利がサービス側ではなくユーザー側にないと実現できません。ヨーロッパでは、サービス開発側が収集・蓄積したユーザーの利用履歴などのデータを、ユーザーが所有権を持ち他のサービスでも再利用できる、つまり持ち運びを可能にできる『データポータビリティ権』を認めようという動きが出てきています。日本は様々な事情からその動きが鈍く、そもそもデータの所有権というものが存在しません。ユーザーがサービス開発側の利用規約を理解していなくても、同意してしまえばデータはサービス側のものになってしまいます。本来は利用規約の内容をユーザーがきちんと理解できるまで噛み砕いて説明し、『何のデータと引き換えにこのサービスを使うのか』『それを引き換える価値があるのか』を判断してもらった上で使ってもらうべきなのです。そうやって判断することを経験しながら、ユーザーが自分で自分のデータを使って生活をレベルアップできるようにする、ということがDSIのビジョンです」

データを活用することと、人に寄り添うこと。一見かけ離れていそうな2つだが、野尻さんがこの2つを掛け合わせることをビジョンにしたのは芸術がきっかけだったという。

「中学2年生の時、ずっと努力してきたバスケットの大きな試合直前に怪我をしてしまい人生で初めて挫折を味わいました。当時の自分にとってバスケットをすることは生きることだったので、とても辛かったです。でも腐りそうになった時、『飛べないアヒル』という映画を見て感動して救われたんです。そのおかげですごくポジティブになれて、この経験がなければよかったのにではなく、この経験があったから今があると言えるように生きていこうと思いました。その時に『感動することは、生きる力になるんだ』と気が付いて、芸術に興味を持ったんです。さらに父親がシステムエンジニアだった影響で、これからエンジニアリングは最低限のスキルになると感じていたので、その頃から芸術と工学を掛け合わせた仕事がしたいと思うようになりました。大学時代にはアーティストとしても活動していましたが、自分より面白いものを作る人が周りにたくさんいました。ただ伝えるのが苦手な人が多かったので、芸術は芸術でも自分がつくるのではなく、アーティストを支援をするアートマネジメントの仕事に興味を持ちました」

いずれはアートマネジメントの仕事をしたいと思いつつ、大学卒業後はもうひとつの興味分野だった工学の道に進み、システムエンジニアとしてキャリアをスタート。数年経験を積んだのち、アートマネジメントを学ぶために大学院を探していたところ、慶應義塾大学のメディアデザイン研究科と出会う。

「大学に入る前にあるデザイナーさんと出会ったのですが、その方はJAXAとプロジェクトをしていたり、周りからは『それってデザイナーなの?』と言われていました。でも彼は『デザインの力で技術が飛躍することがある。 僕はそれを支えているから、誰が何と言おうと僕はデザイナーです』とおっしゃっていた言葉に、まさにそれが芸術と工学を掛け合わせた仕事だ、私はデザインがやりたいんだ!と気付いて、同じ意味でデザインという言葉を使っているメディアデザイン研究科の門を叩きました」

大学ではパーソナルデータを信託銀行に預け、運用してもらうように管理する『情報銀行構想』の第一人者である砂原秀樹氏の研究室に所属し、パーソナルデータ活用について研究をおこなっている。

「中学生の頃から芸術と工学を融合する仕事がしたいと言っていたのですが、周りからは全く理解されませんでした。それが大学に入ったら先生が理解してくれるだけでなく、さらに私の先を読んで『こういうことがやりたいんだろ』って言ってくれる。とてもありがたい環境だなと思いましたね。最初は大学に在籍しながらアートマネジメントの会社を手伝っていたのですが、ある時DSIのグループ会社のワンストップ・イノベーションにエンジニアのアルバイトで入ったら、あれよあれよという間に技術責任者になり、ビッグデータを活用するDSIを立ち上げることになり、そこでパーソナルデータを主軸に還元することに決め…今では大手企業からデータ活用支援の仕事も受注していますが、クリエイティブとテクノロジーの両方の目線を持ち合わせていないとできない領域の仕事をやっているからこそ、こんなに小さな会社にも仕事の依頼をいただけているのだと思います。大学での研究とDSIでの仕事を同時並行で進めていることで、双方にとっていい影響を与え合えていると思っています」

芸術と工学を融合する仕事と研究に挑み続ける、野尻さんのモチベーションの源は何なのだろうか?

「中学生の頃に映画に感動して救われたという話をしましたが、やっぱり感動って生きる力になるんです。でも感動って普段の日常に埋もれていて、ふとした何かに反応して溢れ出したりするもの。だからパーソナルデータをユーザー自身に還元して、その人の中に埋もれている”感動の種”を掘り起こせるようなサービスを作りたい。それがポジティブな力になって、私が好きな宮崎駿さんの言葉ー『この世は生きるに値する』と思えるような人を一人でも増やせたら嬉しいですね」

-野尻さんにとってInspired.Labはどんな場所?
「ここにいるメンバーとは、初めて会った人でもいきなり深い話ができるんですよね。それはみなさんのミッションが世の中を良くしたいとか人に幸せになってほしいとか、自分の利益とかそういうことではないところを目指してる方々だからだと思うんです。もちろんビジネスなのでお金を稼ぐという前提はあるけど、それ以上にもっと大きなスケールの思想を共有している強さみたいなものがある。だから作っているサービスやプロダクトは全然関係なさそうでも、根本にある考え方が共通しているからすぐに仲良くなれるんでしょうね。アカデミックな世界から離れた場所でもそういう深い話ができるコミュニティがあることは、すごく恵まれてるなと思います

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