
量子乱数という未踏領域を、社会実装する ― 研究と未来をつなぐ事業開発
「量子暗号と計算機の未来へ貢献する技術を提供する」。
クオルガ株式会社(以下クオルガ)は、量子乱数技術(QRU:Quantum Random Unit)を基盤に、次世代の暗号・計算インフラを創るディープテック・スタートアップだ。量子乱数技術とは、量子現象がもつ本質的な予測不可能性を利用して、人為的に予測できない情報理論的に安全な真の乱数を生成する技術である。本技術の知財は、今後あらゆる暗号技術・AI・クラウド基盤にとっての「新しい計算リソース」となりうるものであり、同社はその社会実装を担う世界でも数少ない存在だ。
ソニーに在籍しながら2025年2月の創業以降、ソニーとのアセット移管契約、知財の確立、共同研究体制の構築といった、スピンアウト企業特有の高度な立ち上げプロセスを着実に進めてきたが、12月31日をもって25年間戦い抜いたソニーを卒業。26年1月からクオルガ社へフルコミットとなり、プロダクト開発、技術特許の出願準備、パートナー企業との連携が本格化し、クオルガ一本での事業開発に踏み出す。様々な新規事業インキュベーションを牽引してきた経験をもとに、クオルガの構想を実現へと導く代表取締役/CEOの赤木真さんにお話を伺った。
「クオルガは、東京高専発でありながらソニーからのスピンアウトという、非常に珍しい経緯を持っています。ディープテックは東大など大学の研究テーマが社会実装されるケースが多いのですが、クオルガの場合は“大企業 × アカデミア × スタートアップ”という三つのレイヤーが重なっているのが特徴です。僕たちが提供したいのは、単なる技術ではなく“未来の計算インフラ”。今一番重要なのは、スタートアップにとって“命”とも言える知財をきちんと自社に移管し権利化することです。ソニーとは、量子乱数技術をクオルガ社へ完全に移管するための権利譲渡契約を1年かけて丁寧に進めてきました。」
中学卒業後に北九州高専へ進学。新卒でブリヂストンに入社するも、安定した産業界から挑戦的な半導体業界へ飛び込み、荏原製作所に転職。その後、荏原製作所での経験と技術を持ってソニーに売り込み、最初は半導体エンジニアとして入社。自分で作ったデバイスを、自分でマーケターとして売り、さらに赤字事業の黒字転換や、新規マーケットの探索など、難易度の高い案件を担当した。在籍中は新規事業インキュベーションを担い、技術シーズの発掘から事業化の仕組みづくり、外部パートナーとの協創など、“正解のない0→1”の最前線に立ち続けた。そして、決定的な契機となったのが、ソニー × アカデミアによる“産学連携プロジェクト”だ。
「ディープな技術をどのように社会実装していくのか、その橋渡しをやる人と仕組みが絶対に必要で、その想いを実現する場として辿り着いたのが産学連携プロジェクトでした。ソニーの半導体事業は、ほぼスマホ向けのイメージセンサーで成り立っていますが、スマホ市場は変動が大きく不安定なため、もう一つ柱を作ろうということで、AIなど機械にとってのマシンビジョンセンサー領域に注目しました。我々の最先端のハードとソフトを様々な大学の研究室に届けて研究を支援するプロジェクトを作ったんです。その中でも特にポテンシャルが高かったのが東京高専の量子乱数の研究で、デバイスメーカーでは絶対に気付かない未踏の技術領域、かつ、デバイスビジネスとしてもかなりのポテンシャルだと直感しました。2022年にソニーのCTOや副社長にプレゼンをして、技術が評価され、事業化検討の許可をもらいました。」
「1年かけて事業計画を作り直し、再度副社長へピッチ審査を申し出たのですが、ここで指摘されたのが、『量子技術はあまりにも本質的な技術すぎて、ソニー社内に有識者がいないのではないか』ということと、『インフラビジネスだから外のパートナーと組んだ方がスケールするのではないか』ということ。覚悟があるならソニーを出てやってもいい、とのディレクションをいただき、ソニー名義ではない新会社を立ち上げてスピンアウトすることになりました。量子乱数は、暗号もAIもクラウドも全部の基盤になる次なる計算リソースなので、絶対に社会に出さないといけないと確信している一方で、大企業には技術や人材は揃っているのに意思決定に時間がかかる、このままじゃ世界に遅れる、もう外に出るしかないと思いました。正直、ソニーからアセットを完全移管するのは、非常に難易度が高いプロセスで、知財を全部移すのは交渉も書類もかなり大変なんです。それでも、“この技術を社会に届けるのは自分の役目だ”という感覚がずっとあって。社内では出来そうにないと悟った時は、正直、最初は少し凹みましたが、視点を変えると”一人で自由にやって良いってことだ”とマインドセットを変えることができました。結局、”どうやったらこの技術を最短で社会実装できるか”を考え抜き、目の前にある選択肢を丁寧に選択してきた結果、スピンアウトという選択肢に辿りついたんです。諦めずに腐らずに一歩ずつ進めば、道は開けるんだっていうのを実感しましたね。」
ここまで一貫して「未来の計算インフラ」を語る赤木さんだが、その姿勢は突然生まれたものではない。赤木さんは昔から、“技術そのもの”よりも“その技術の個性がどんな未来をつくるか”に強い関心を持ってきたという。荏原製作所での最先端半導体技術開発では、競争が激しい上、先駆者もいなければ論文もない未踏の領域であるが故に、自分の経験や実績、失敗すら全てが知見というアセットになった。ここでの過酷で刺激的な4年間で、忍耐力や推進力と共に技術の個性と可能性を見極める感覚を身につけたという。
「人生の大きなターニングポイントは、やはりブリヂストンからの転職です。ゴム産業大手と言う安定した領域から、競争が激しい最先端半導体の世界に自分を放り込んだこと。いわゆるサラリーマンでいうとキャリアリセットです。チャレンジするしかないっていう状態に自分で追い込んだ。そこから失敗を失敗だと思わなくなったし、常にその先にある可能性を見い出しながら動けるようになりました。高専の文化も大きかったのだろうと思いますね。寮生活では、上級生は神様というような超体育会系な文化だったので、どんな圧力や刺激にも耐性があるといいますか、あらゆる衝撃を飲み込んで楽しめるようになりました。高専に入ったのは、大学受験をしたくなかったからというのが正直なところですが、意味なく”やれ”と言われたことはやりたくないし、答えが見通せるものには全く興味がないんです。だからこそ、誰もやらないこと、難しいこと=楽しいことに挑戦し続ける今のスタイルがあるんだと思います。」
最先端の領域は、とにかくスピードが命。半導体で身につけた感覚は「前に進むだけ」。そのモチベーションは「登山」に近いという。登っている最中は苦しく、何度も心が折れそうになるが、頂上にたどり着いたときの景色は、その瞬間、その人にしか見えないものがある。その景色をもう一度見たいから、また登るという挑戦の反復。赤木さんの事業への向き合い方は、いつもそこにあるようだ。現在クオルガでは、量子乱数に関する知財確立や特許出願、プロダクト化、共同研究体制の整備が同時に進行している。ソニーとの連携を保ちながら、2期目からは完全にスピンアウトし、クオルガへフルコミットでの挑戦が本格化するフェーズに入る。
「ビジネス開発と資金調達をやりながら、バリューチェーン全体を見てプロダクトをつくる──これを全部同時にやっています。アプリケーションごとにターゲットとなるお客さんがいるので、エンドユーザーと直接会話しながら仕様を詰めていきます。また、導入する企業と、その先で技術を享受する人の両方のニーズを把握し、可視化しながら製品に反映していくことも欠かせません。どちらか一方だけ見ていても、本質的な価値にはたどり着けません。たとえばLLM(大規模言語モデル)領域では、日本語特化の大規模モデルを開発する企業との連携を視野に入れています。重要なのは、モデルをつくる当事者と会話すること。表層的なユーザー視点だけでは本質的な課題は見えてきません。モデルをつくる人たちは、効率化やスケールといったクリティカルな課題に直面していて、量子乱数をどこにどのように役立てれば良いかを深いレイヤーで議論できる。そういった対話を重ねながら、技術の社会実装を最短で進めています。」
クオルガの中核技術である「Quantum Random Unit(QRU)」は、暗号、AI、クラウド計算など、次世代の計算基盤に不可欠な存在だ。従来の量子乱数生成方式と比べ、QRUは高速・小型・低コストで、性能は100倍にも達する。暗号領域では、2030年以降に社会実装が想定されている量子コンピューターによって既存の暗号方式が破られる懸念が高まっている。そこで「情報理論的安全性に根差した究極の次世代暗号鍵」として、量子乱数が必要になる。QRUはその中心的役割を担う可能性を秘めている。
「最適な量子乱数を、欲しい時に、欲しいだけ、最速で届ける。技術の価値追求だけでなく、ユーザーが自然に使える環境をつくることが大事なんです。だからプロダクト開発とビジネス開発を完全に並行させています。国内パートナー企業との共同研究も進めながら、技術の信頼性と応用範囲を広げています。政府主導のQ-STAR(量子技術による新産業創出協議会)にも参加し、東芝やNEC、NTTなどと並ぶ形で議論に加わっていて、クオルガの技術は、すでに内閣府の量子技術戦略ロードマップ上の重要要素として位置付けられた戦略物資ともなる技術で、量子暗号領域の未来を担う存在として期待されています。ビジョンは明快で、2030年までに、QRUのような量子技術を誰もが意識せず使える世界をつくること。そして国内外でQRUを計算機インフラの標準として普及させ、社会全体の計算基盤の安全性を底上げすること。その過程で事業を拡大し、IPOも視野に入れています。QRUは単なる技術革新ではなく、新しい価値の創造です。暗号やAIの世界だけでなく、クラウド、金融、ゲーミング、学術など、あらゆる領域でその恩恵を感じてもらえる。私たちは、量子の力をもっと身近に、もっと日常に──そんな世界をつくるために、技術と事業の両輪で挑戦し続けています。」
さらに赤木さんは、スタートアップでも大企業内でも”困難を面白がれるかどうか”が本質だという。苦しい状況が続く資金調達も、登山のように「頂上で味わった快感」を知っているからこそ続けられるのだ。理想と現実のギャップを冷静に切り分けながら、それでも前に進み続ける。少しずつ幅が広がり、補助金も、融資も、手段が増えていく。「いつか絶対にここに辿り着く」と信じて進む、その原動力とは何なのか。
「事業開発としてのマイルストーンの一つがIPOです。量子技術が確立されてから今年でちょうど100周年。先日つくばで、首相向けの100周年記念セレモニーが行われ、量子技術はここから社会実装のフェーズに入ろうとしています。高市政権においても量子技術は『17の成長戦略重点投資分野』の一つとして社会実装を本格的に進める方針です。我々が、NEDOや内閣府SiPに採択されたのも、その流れを上手くキャッチできたのかなと。そして2030年には、量子技術を一般の人たちが意識することなく使っている世界を作りたいです。目標は1000万人。これは岸田内閣が2022年にコミットした内容で、正直まだまだ道半ばで超難しい挑戦と言われていますが、私たちのQRUの社会実装によって、量子技術が自然に社会に浸透する世界の実現に貢献できると考えています。」
フィジカルもメンタルも鍛えるためプライベートでは筋トレを続ける赤木さん。学生時代に少林寺拳法部で“ツッパリ気質”だった彼は、高専4年生になるとツッパリを脱ぎ捨て“シティボーイ”を目指す方向へシフト。”上級生=神様”だった無敵の寮生活を活かしてダンスにのめり込み、当時ブームだったヒップホップやZOOのChuChuTrainスタイルでダンスチーム”Club DADA”を結成。学園祭では自らダンスバトルカテゴリーを新企画し、DJも手配してステージを創り上げた。勉強よりも「どうやったら人生楽しめるか」に心を燃やし、アイデアを形にして仲間を巻き込む。この一連の経験が、今の赤木さんの“自ら企画し、ゴールを描き、楽しみながらやりきる”姿勢の原点になっている。学生時代から一貫して、彼の行動の中心には好奇心と挑戦心があったのだ。
「今、みなさんに広めてるんですよ。『失敗を失敗で終わらせるな』『自分の領域の枠に収まるな』『チャレンジは怒られないギリギリを1番に狙え』って。結局、何事も突き詰めたら価値になるんですよ。そのためには“熱意・決意・覚悟”。これが揃ったときに初めて一歩踏み出せる。でも、この一歩が本当に難しいんです。僕の場合はスピンアウトだったり、新規事業でピッチに行くところまで持っていくことだったり。そこに“自分ごと化”して行動する覚悟が必要なんです。ソニーの社内スタートアップ制度で、平井さんとか十時さんがジャッジしていた時も、実は一番大事にしてたのは『リーダーの覚悟』なんです。アイデアやプランの完成度なんて、正直どうでもいい。結局やりきるだけの覚悟があるのか。スタートアップもそれですからね。失敗したらまた次に行けばいい。失敗を乗り越える経験は既存事業でも必ず活きる。」
最後に、赤木さんにとってInspired.Labとは?
「正直な話、ランチを食べるためです(笑)。鍛えているのも健康のためなので、Inspired.Labのサラダがついた日替わりのメニューは、ヘルシーで美味しい上に、値段も抑えめで、とても有難い。真面目なことを言いますと、横のつながりをとても大切にする場所だなと感じていて、Inspired.Labは運営チームの方々をはじめ、いろんな企業や人がいて、コミュニケーションが生まれる環境です。なので、この中でも、自分もみなさまの良き手札の一つになれるように、という思いはありますよ。居心地がいい場所だなと、感じています。」


